荻原 和樹/新型コロナの特設サイトから見る報道とデータ可視化

Data Visualization Japan Meetup 2020(2020年12月28・29日開催)における、荻原 和樹さん(東洋経済新報社)の講演です。「東洋経済オンライン 新型コロナウイルス国内感染の状況」の制作・運営を通じて見えてきた、報道とデータ可視化の関係を語ります。


ご紹介にあずかりました、東洋経済新報社の荻原と申します。ちょうど昨年もここに招いていただいて、その時はリアルでお話ししたんですけど、今回はオンラインということで。よろしくお願いします。

新型コロナのいろんなデータを公開する特設サイトを作っていまして、制作もやって、開発もコードも書いて、デザインもして、必要だったら記事も書いて、毎日のデータ更新もやってくれる人がいないから毎日自分でやっている、という状況です。その制作から運営までを通じて見えた、報道とデータの関係、そして報道がこれからどう変わっていくのか——そんなことをお話ししたいと思います。

自己紹介

肩書きをどう名乗るかはいつも悩みの種なんですけど、だいたいデータジャーナリストとかデータ可視化デザイナーと名乗っています。

東洋経済オンラインというメディアで、報道コンテンツとしてデータビジュアライゼーションを使っています。地図だったり、3D だったり、アニメーションだったり、あるいは静止画1枚のインフォグラフィックを作ったり。他にも社内向けのデータ分析ダッシュボードを作ったりもしています。

だいたいいつも自分で企画を立てて、デザインして、データを収集して、必要なら Python なども使ってデータベースにして加工して、JavaScript でビジュアライズして、そのページと一緒に記事も書いて公開する——そんな仕事です。あまり似た仕事をしている人はいないんじゃないかと思います。

略歴としては、新卒で今の会社に入って、最初はデータベースや Web の開発をしていました。それからデザインを勉強したいと思ってイギリスの大学院に留学し、デジタルデザイン、3D アニメーション——みんながゲームデザインをやるような専攻でした——を学んで、戻ってきて編集部で今のような仕事をしています。

昨年は E2D3 というオープンソースのコミュニティの方々と協力して本を出させていただき、その中でインフォグラフィックのあたりを担当して書いています。

これまでの作品

甲子園の投手はどれだけ過剰な投球をしているか

昨年の夏に公開した、1枚の画像で表すインフォグラフィックです。

甲子園の投手は非常に過密な日程で、しかもその高校に投手が一人しかいなかったりするので、すごい数の球を投げなければならない。本来なら休養日や1日あたりの投球数の制限が必要なところ、甲子園には基本的にそういう制限がない(少なくとも2019年まではほぼ無かった)。

野球雑誌やスポーツ新聞では「早稲田実業の斎藤佑樹が948球投げた」「金足農業の吉田輝星投手が889球投げた」といった単独の数字は出ていました。でも、それが本当にどのくらい重いものなのかは、あまり注目されていなかったんです。

そこで比較対象として、アメリカの投球ガイドライン Pitch Smart を使いました。青少年の肩と健康を守るために、1日あたりの投球数制限や「何球投げたら何日休まなければならない」という休養日制限が定められています。これを日本の高校野球の選手に当てはめたらどうなるかをカウントしたのがこのインフォグラフィックです。

  • :一応ガイドラインの制限内
  • 黄色:1日あたりの投球数制限を超えている
  • :休養日制限を超えている

見ると、赤と黄色の合計が軒並み半分から3分の2くらいを占めている。つまり Pitch Smart を適用したら、彼らは本当は半分から3分の1くらいしか投げてはいけないということになります。

そして赤が多い。つまり休養日制限が特に深刻だと分かります。甲子園は参加チーム数が減る後半になるにつれて日程が過密になっていく。最初は47都道府県ありますから1試合したら何日か空けられますが、**準決勝・決勝になると、試合をして次の日また試合、ということになる。**そうすると休養日制限を全く無視した投球をせざるを得なくなるわけです。

世界のパスポート

パスポートの情報を解析して、どの国からどの国にビザなしで行けるかを表したものです。

日本の場合、ビザなしで入れる国が122カ国。ビザ・オン・アライバル(到着時にビザを発行)の国が42カ国、ビザが必要な国が34カ国。日本から伸びている線がビザフリーで行ける国で、赤がビザフリー、青がアライバルです。

日本だと結構いろんな国に行けるんだなと分かります。アメリカもそう、イギリスもそう。それに比べてインドだとビザフリーの国は25カ国だけで、ビザが必要な国のほうが多い。北朝鮮だと11カ国だけだったりします。

今年は1本だけ ― 新型コロナ特設サイト

……と、ここまでお見せしたスライドは、実は2019年に作ったものと全く変わっていません。今年は1個しか出していないんです。「新型コロナウイルス国内感染の状況」というビジュアルページです。

2月27日ごろにオープンして、ここまで注目されるとは思わなかったんですけど、ほぼずっと毎日データ更新をして、改修やメンテナンス、問い合わせ対応といろんな作業をしている1年でした。

ありがたいことに、「新型コロナウイルス」という単語を含む Web コンテンツの中で報道コンテンツとしてはシェア1位になりました。Facebook で12.5万回、Twitter は「9万9999回」でカウントが止まってしまうようなので、実際はもう少しシェアされていると思います。グッドデザイン賞や SmartNews のベストパートナーアワードなどもいただきました。

コンセプト ― 冷静に現状を把握する

このサイトのコンセプトは「冷静に現状を把握する」でした。

皆さんが目にするニュースは、速報のストレートニュースが多いと思います。「今日の感染者数は何千人でした」「今日時点の東京都の感染者数は何人」「PCR 検査数は何件」といった情報です。

このサイトで心がけたのは、まず冷静に、現状がどうなっているのかをワンストップで把握できるようにすること。そのために速報ではなく時系列のグラフをメインにしました。今では当たり前と言われるかもしれませんが、当時はこういうグラフ自体があまり手に入らなかったんです。

HUD デザイン

配色についても、HUD(Heads-Up Display) を参考にしました。SF 映画などでよく見る、暗い画面に蛍光色の要素が浮かび上がるようなデザインです。「HUD」で英語検索するとたくさん作例が出てきます。

これをもとに、配色とデザインをすごく落ち着いた感じにしようと心がけました。暗いトーンで、色は基本的に蛍光色の青緑——少し緑がかった青がメインです。赤やきつい黄色といった危険色をできるだけ使わない。

なぜか。私がこれを作っていた2月中旬というのは、ダイヤモンド・プリンセス号の話が大きく報じられ、中国が武漢の街を封鎖し、そのウイルスがいよいよ日本に入り始めている——という状況でした。社会的な不安としてはかなりピークに近かったのではないかと思います。

不安を煽るような情報が非常に多く出ていて、「コロナ疲れ」「報道疲れ」、あるいは「インフォデミック」という言葉に代表されるように、毎日の暗いニュースを見るのに疲れてしまった人が Twitter を見ていても多かった。それを受けて、落ち着いてデータを見られる、冷静に状況を把握できるサイトを作ろうというのが出発点でした。

解釈はしない、解説は厚く

このページでは、基本的に解釈はしません。「これはこういう意味なんですよ」「今あぶないですよ」といった解釈はしない。

その代わり、いろいろなデータをただ見せられるだけだと混乱してしまうでしょうから、「よくあるご質問」のようなコーナーを設けて、解説はたくさん入れようと。皆さんが疑問に思うであろうことを結構たくさん入れて、状況に応じて差し替えたり修正したりしています。

あくまでマスに届ける

もう一つ。このサイトはあくまでマスに届けるものです。専門家のためのものでも、高度な分析をするものでもなく、とにかく基礎データを把握するためのもの

私がマスメディアの人間としてやるべきことは、まず基礎的なデータをいろんな人が見られるようにすること。自分の両親でも、母方の祖母でも、どこの地方にいても見られるようにする。それがこのサイトの目的でした。

そのために新規と累計の切り替え、後方7日移動平均(最新の日から数えて直前1週間の平均値)といった仕掛けを作りました。5月ごろには実効再生産数——1人の感染者が平均して何人に感染させるかを表す指標——を、当時北海道大学にいらした西浦教授(いわゆる「8割おじさん」)の監修を受けて追加したりもしました。

毎日やっていること

実際にどんな作業をしているかをお見せします。

厚生労働省のウェブサイトに「新型コロナウイルス感染症の現在の状況と厚生労働省の対応について」という、とても長い名前のページが毎日更新されます。長い上にリンクがたくさんあって、少し分かりにくい。これを毎日読んでいます。

システム力の高い優れたエンジニアなら完全自動化できるんじゃないかと思うんですが、この辺の中身が日によって変動したり、ある日突然重要な注意書きが付いたりするので、私は毎日確認するようにしています。

クイズ ― 「感染者数」はどの数字か

せっかくなので、クイズを。

厚労省のサマリーの表が出ています。我々が今「検査陽性者数」とか「今日の感染者数」と呼んでいる数字は、どこでしょうか。

……「ここだ」と思った人が多いんじゃないでしょうか。**縦の、陽性者数の合計の数。**いろいろあるけど合計の数だろう、と思いきや、実はこちら——「国内事例」なんです。合計ではありません。

正確に言うと、ここの数は厚労省のオープンデータとも微妙に違っています。本来は同じでなければいけないのですが、厚労省のオープンデータは、過去分の訂正の際に日付が分からないものを計上に入れていないからです。オープンデータは「何月何日に何人」という形式なので、日付が分からない場合は計上に入れられない。それで微妙にずれるんです。

とにかく定義としては**「国内事例」であって、空港検疫やチャーター便で帰国した事例は入れていない**。

なぜか。報道は加熱しているのにデータが把握できない状況だった。そのとき読者が知りたいことは、おそらく国内の感染状況——「自分や自分の家族が感染する可能性はどのくらいなんだろう」ということだろう、と考えてこの形式にしています。

Do one thing well(スティーブ・ジョブズが言ったんでしたっけ)。「国内感染の状況」というタイトルからも分かる通り、何でもかんでも手を広げず、一つのことに注力するプロダクトを心がけていました。

これは他社との競合の際にも役立ちます。何でもやるプロダクトを作ると、最終的には資本力・技術力の戦い、速報の戦いになってしまって、我々のような小さいメディアには勝ち目がないんです。

私はこれを「データ編集」と呼んでいます。世の中にいろんなデータが公開されている中で、何を選んで何を出さないか。コンセプトを決めて何をやるかを決める。グラフを作り始める前、コードを書き始める前、デザインをする前の作業がすごく大事だと思っています。

信頼できないデータと戦う

もう一つは「信頼できないデータと戦う」ということ。

COVID-19 の特徴として——

  • 感染→発症→検査→報告に2週間ほどのタイムラグがある
  • 無症状感染者がいて、感染している数の正確な状況が出せない
  • 集計基準の変更。自治体や厚労省側の事情で、集計基準が変わったり、最新の値だけがこっそり更新されたりする

つまり完璧なデータが揃わない、でもビジュアライズしなければならないという状況です。

もちろんデータが完璧に速報で揃えばそれでいいのですが、往々にして世の中はそうではない。厚労省も普段は月次や年次の統計を作っている組織ですから、日次で、しかも現在進行形の事象をデータ化するとなると、どうしても基準の変更などは起こってしまう。

そういうときにどういう注釈をつけるか、グラフの視覚的な表現をどう変えるかを考えるのも、データ編集のうちだと思っています。

データを見る力は汎用的ではない

「データを見る力」が汎用的かというと、ちょっと違うのかなと実は思っています。

Twitter を見ていると、おそらくデータを見慣れているはずの分野の方——ぼかしますが理系の研究者、しかも結構な大御所の方——が、割と盛大にデータを読み違えていたりする。

そこで思ったのは、そういう方々は普段カチッとしたデータ——訂正や、統計に現れない数といったものがあまり無いデータ——を扱っているから、それと同じ感覚で COVID の状況を扱ってしまって、違う解釈をしてしまうのではないか、ということです。

**一口にデータと言っても、その文脈や、公的統計の事情によって読み解き方は全然違う。**そういうものに配慮する、考えるということが重要なのかなと思います。

データ可視化は、サイエンスよりアートに近い

データサイエンスが一方にあるとして、データのビジュアライゼーション自体はサイエンスというよりアートに近いのかなと思っています。

客観的なデータ可視化、完璧なデータ可視化は、おそらく存在しません。

先ほどの例で言えば、空港検疫やチャーター便、ダイヤモンド・プリンセス号を私は含めませんでしたが、もちろん含めても全然正解だと思います。厚労省から合計の数字もちゃんと出ているわけですから。正解がどちらにあるかではなく、どちらを選ぶか、どちらがより重要だと判断するかの問題です。

用語の表記も同じです。「感染者数」と表記するか「検査陽性者数」と表記するか。**私は後者を使っています。**無症状感染者の存在があるので「感染者」と「検査陽性者」はイコールではないだろうと思うからです。ただ「今わかっている感染者数」と言い換えるのであれば、感染者数でも間違いではない。

配色、デザイン、地図表現についても同じことが言えます。

**サイエンスであれば、同じ材料・同じデータから同じ分析手法を適用すれば、みんな同じ結果になるはずです。**再現性がなければサイエンスとは呼びにくい。でも今メディア各社から出ているデータビジュアライゼーションのページを見ると、各社いろんな工夫が凝らされている。

私がよく使う表現は「データの翻訳」です。文章表現に近い。**データという、我々にはよく分からない外国語を、視覚表現という我々がよく知っているものに翻訳する。**基礎的な部分はみんな同じ——「今、感染者数が減っていますよ」とビジュアライズする人はいないでしょう——けれど、細かいところでは各人のこだわりやバックグラウンドがあって、翻訳が分かれてくる。

「データだから受ける」という時代は来ない

作る側の視点から言うと、「データだからこれは受けるだろう」「データだから必要とされる」という状況は、もう来ないんじゃないかと思っています。

これだけ多くの会社が、個人が、データビジュアライゼーションを公開したり分析をしたりしている中で、データを出せばそれで受ける、ということはもう無い。

**データだから、ではなく、そのデータを通じて何を表現するか。**文章と同じです。「文章表現だからきっと受けるだろう」ではなく、その文章でどういうふうに記事を書くかが問われるのと同様に、データをどう扱い、どうビジュアライズし、どう要素を配置するかが重要なのだと思います。

オープン化 ― 透明性の確保

今回、GitHub でデータとソースコードを公開しました。日本の報道機関では初めてなんじゃないかと思います。

なぜやったか。まずは透明性の確保です。

ビジュアライズには、恣意的なもの、偏った解釈になってしまう可能性が常にあります。客観的なビジュアライゼーションができないのであれば、どうするか。「我々はこういうデータを、こういうふうに料理して、こういうふうにビジュアライズしましたよ」という一連の流れを全部オープンにして、いつでも検証できるようにすることにしました。

従来の一般的な記事だと、出典は「厚生労働省より東洋経済作成」といった書き方になってしまう。それだと読者が流れを追えなかったり、「なんでこうしているの」という疑問が生じたりするのではないかと思うので、こういう形にしています。

Twitter の反応を見ていると「東洋経済が信頼できるかは分からないけど、厚労省のデータをオープンにしているから信頼できるだろう」という人もいました。いきなり「全部ブラックボックスにするけど東洋経済を信用してくれ」というのはさすがに難しいでしょうから、まずはそういうところから出発できたらいいのかなと思っています。

ただし双方向性は慎重に

オープン化には2つの側面があります。我々が何を考えてやったかをオープンにすることと、プルリクエストや issue でいろんな人の意見を受け入れることです。

後者については、慎重になったほうがいいのかなと思っています。

たとえば、毎日のデータ更新をボランティアの方にお願いする——これは慎重になったほうがいい。データに不備があったら誰の責任かという問題がありますし、メディアの責任として一次情報にちゃんと当たるというのが報道の責任だからです。厚労省のページなり会議なり取材なりを通じて、うちがちゃんとオープンにするのが適切だろうと。他社がまとめたものを使ったりも、今のところしていません。

改修についても、読者が言ったからやる、ではなく、決定自体は編集部・我々が主導で決めるべきなのかなと思っています。その上で、「こんなふうにやりましたよ」「いつ変えましたよ」を透明にするのがいいのかなと。

可視化は「届ける範囲」で3種類に分かれる

データ可視化は、誰に届けるかによって重視することが違ってくると思っています。以前ブログにも書いたことですが——

  1. 自分のためのデータ可視化:自分のメモ用。正直、何でもいい。自分が分かればそれで OK
  2. 組織のためのデータ可視化:社内向けのレポートやダッシュボード。シンプルさ・分かりやすさ。メールや社内文書と同じで、簡潔で明晰なものが求められる
  3. 社会のためのデータ可視化:我々報道がやるもの

3つ目については、「分かりやすい」「見やすい」だけでは、たぶん見てもらえないのではないかと思っています。

データを見るという行為は、おそらく多くの人にとって苦しいものです。私はデータを見るのが好きだから数字が並んでいてもずっと見ていられますが、一般の方はそうではない。ですからデータを見るという行為の負担を少しでも和らげるための工夫が必要になる。今回の新型コロナのダッシュボードで言えば、HUD デザインで少し暗い、かっこいい感じにするというのがその工夫の一つだったりします。

なぜ日本でデータジャーナリズムが根付かないのか

最近考えていることです。

報道関係の人と話していると、「データジャーナリズムやデータビジュアライゼーションは欧米の先進的な機関がやっているもの」というイメージを持っている人がたまにいます。でもいろんなアワードを見ていると、アジアやアフリカからもガンガン出品がある。むしろマーケットの大きさを考えると、日本だけが例外的に進んでいないんじゃないかという気がしています。

何が考えられるか。

  • **編集部にほぼ記者しかいない。**私は今編集部所属ですが、周りは全員記者で、コードを書いているのは私だけ。エンジニア・デザイナーと編集者・記者の物理的な距離感が大事なのかなと
  • テキストがメインという前提がある
  • プラットフォームへの配信優先

3つ目について。ロイター研究所の「デジタルニュースレポート」で、日本とアメリカで人がどのメディアを見ているかを比べたグラフがあります。アメリカと違って、日本では1位の Yahoo! ニュースがダントツであることが分かります。Yahoo! ニュースがドーンと来て、その次に NHK、日テレ、テレ朝、朝日新聞、フジテレビと続く。アメリカでは CNN があって Yahoo があって New York Times があって、とコンテンツプロバイダーとプラットフォーマーが拮抗しているのに対し、日本ではプラットフォーマーが優先です。

それがデータジャーナリズムと何の関係があるのか。プラットフォーマーに送る記事は、ほぼテキストや画像といった固定されたフォーマットしか認められないんです。セキュリティ的には当たり前なんですけど。そういう事情があって、自社サイトでしか公開できないデータジャーナリズム、特にインタラクティブなものは難しいのかなという気もしています。

あとは、記者が担当業界・企業・地域で手一杯だったり、速報や独自情報が評価される世界というカルチャーもあるのかなと思います。

日本のデータ報道でてっぺんを取ろう

最後に言いたいことは、ぜひ皆さん、日本のデータ報道でてっぺんを取ろうということです。

日本のデータジャーナリズムはまだまだ遅れている、とよく言われます。でも逆に言えば、いろんな分野・いろんな試みで「日本初」「日本一」になれるということなんじゃないかと思うんです。

先ほど「GitHub での公開はたぶん日本で初めて」と言いましたが、**エンジニアの方であればほぼ常識に近いような「GitHub でソースコードを公開する」というだけで日本初になれてしまう。**今回も、厚労省のデータをチャートにするという、ある意味それだけのページが一番シェアされてしまったりしている。

**いろんな試みで、まだまだ日本初・日本一になれる可能性がある。**今の日本だと結構珍しいことなんじゃないかと思うんです。

ぜひ2021年が「データジャーナリズム元年」みたいになれば——すみません、10年くらい前に誰かがもう言っていたら申し訳ないんですけど——今回のコロナによってデータビジュアライゼーションの力が社会的に認知されてきた気がするので、そういうものがもっと発展していけたらいいなと思っています。

ProPublica の8つのコツ

ではどうすればいいか。アメリカでデータジャーナリズムが非常に得意な報道機関 ProPublica が、コツをまとめた記事を出しています。

  • ジェネラリストを雇う ——ジャーナリズム/コード/デザインという3つの大きなスキルのうち、2つ以上を持つ人を採用する
  • ニュースアプリの開発者を「書き手」として扱う ——エンジニアやデザイナーを、記者と同等の立場で扱う。発注を受ける立場ではなく
  • Don’t cross the streams ——ニュースアプリ/ニュースコンテンツの開発者に、コーポレートサイト制作のような別の仕事をさせない

こういうところを見てみるといいと思います。

来年もまたいろんなデータに挑戦していければと思っています。引き続きよろしくお願いします。ありがとうございました。

Built with Hugo
Theme Stack designed by Jimmy