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伊藤 昌毅/公共交通データ可視化の最新状況と可能性

Data Visualization Japan Meetup 2022(2022年12月27・28日開催)における、伊藤 昌毅さん(東京大学)の講演です。公共交通のオープンデータ化がどう進んできたのか、そしてそのデータが地域の交通政策をどう変えつつあるのかを語ります。


暮れの忙しい時期にお時間をありがとうございます。「公共交通データ可視化の最新状況と可能性」ということでお話をさせていただきます。バスのデータの話や GTFS の話は結構いろいろなところで私もしているので、聞いたことがある方も多いかと思いますが、あらためてお付き合いいただければと思います。

自己紹介 ― 交通の沼にはまった情報系の研究者

東京大学の伊藤昌毅と申します。一応、専門は情報技術ということになっているのですが、どちらかというと公共交通の沼にだいぶハマってしまい、交通の学会に出ながら情報の学会にも出るという、領域どっちつかずな研究者という立場に立っています。

この2つの分野にまたがっていろいろなことをする人はそんなにいないようで、たとえば**国土交通省でデータや新しいモビリティに関係する委員会に呼んでいただいたり、総務省のオープンデータ関連でお声がかかったり。**最近多いのは、地方自治体が「その地域の交通を考えたい」というときに呼んでいただくことです。

今日は可視化のイベントということですが、私自身は可視化やデザインがそんなに得意ではないと思っています。ただ「可視化」と言われてまず思いついたのが、これでした。

時刻表という可視化

時刻表を買ったときに載っている地図です。今日これのために久しぶりに時刻表を買いまして、「こんなの、なんだか懐かしいな」と思いながら——すっかり見なくなってしまいましたが——こんな地図が載っているわけです。

これで路線の状態をパッと見たり、「こことここをこうやっていけたらいいんじゃないの」と眺めながら考える、そんな趣味を持っている方も珍しくはないのではないかと期待しています。

実際に買って見てみると、**この地図だけではなく、特急だけの地図があったり、交通を分かりやすくしようとする工夫が結構されている。**そして、ただ数字を並べたいわゆるダイヤ、これもまた可視化の一種です。

**公共交通の状態をなんとか伝えよう、なんとか伝えようという気持ちがこもって、今この厚さになっている。**それが時刻表というものだな、と買ってみて改めて思いました。

なぜ公共交通はこんなにも複雑なのか

公共交通ではすごく複雑なサービスが提供されています。それに対して、**私たちは必ずしも自分が必要なものがそのまま手に入るわけではない。**その中から「これを使う」「この時間の電車に乗ろう」「この路線に乗ったらいいんじゃないか」と、自分の側で主体的に組み合わせ、考えながらアレンジしていく必要がある。

つまり公共交通は、利用の主体の側にものすごい努力を求めるものなのです。だからこそ、全体を理解したり、適切に選択・判断したり、実際に現地で行動したりするのを助ける技術が、いろいろと発展してきたのだと思います。

「乗れないバス」という現実

私は鉄道もよく見るのですが、バスを見ることが多く、日本中のバスセンター・バスターミナルによく行きます。皆さんの地元にも、こんな感じの場所があるかと思います。

では、こういうところで得られる交通情報はすごく分かりやすいかというと、なんとも言えない。地方に出張してバスに乗ろうと思ったけれど、難しくてとても乗れなかったという経験のある方もいるのではないでしょうか。

たとえばある街の路線図では、甲府駅ですらこの地図から見つけるのがすごく難しい。

サービス自体も難しくて、同じバス停なのに略称と正式名称が混ざっている。「中銀」と書いてあると、私は静岡県出身なので「中部銀行の略じゃないか」と思ってしまうのですが、実際は中国銀行だったりする。それから、**バス停はどこに行っても紙の貼り紙がベラーッと貼ってあって、どこからどう読んでいいか分からない。**まあよくある光景かなと思います。

正直、そんなに便利なものではないし、案内もとても親切とは言えない——というのがほとんどのバスの実情かなと思います。

歴史① 公共主導の高コストな案内(1980〜90年代)

もちろん「それは何とかしなくてはいけない」というのは歴史的にも試みられていて、1980年代・90年代には「オムニバスタウン」のような、かなり大規模な国家プロジェクトとしてのバス改善が行われた時代もありました。

これは町田の駅で私が見かけた、その時代の遺跡です。タッチパネルをクリックするとバスの路線情報が分かり、それをレシートのような形で印刷して持ち運べるという、かなり高度でお金がかかっていると思われる装置。高い技術と高いコストをかけたバス案内が全国にかなりたくさん作られていて、**それが今、徐々に撤去されていく。**そんな時代の曲がり角にあるのが現状です。

歴史② 市民主体の「バスマップ」(2000年代〜)

一方で、公共が主体となる案内とはまた違った流れとして、2000年ごろから「バスマップ」という市民主体の運動がバス案内の世界で非常に大きくなってきたことも見逃せません。バスマップサミットという集まりが年1回、結構たくさんの人を集めて開催されています。

なぜこういうことが行われるかというと——日本のバスは基本的に独立採算、つまり民間のバス会社が一つの町にいくつもあって、それぞれがライバルとして競争しながらバスネットワークを維持するというモデルで成り立っています。

そうすると「うちのバスの方が便利だ」という話になる。でも市民にとっては、行けさえすればどちらのバスでもいい。****市民目線とバス会社目線がずれてしまうわけです。だから、複数のバス会社が載った市民目線の地図を作るのは、市民でないと難しかった。

そこで「バスマップを市民主体で作ろう」——もう少し言えば「市民こそが公共交通を支える主体なんだ」という意味合いも込めた運動が、2000年ごろから進んできました。

作られている地図を見てみると、たとえば**沖縄の方が作られている「バスマップ沖縄」。**沖縄のバス会社はいくつもあって関係も複雑ですが、個人が作るものであれば、そういった関係とは無関係に複数社を混ぜた地図が作れる。

それから東京都心のバスを完璧に網羅したバスサービスマップ。今は東京版・大阪版などいくつか作られていて、Webに行けばご近所のバス地図が、おそらく手に入るすべてのバス地図の中で一番精度の高い形で手に入ると思います。ちなみに毎年コミケで印刷した紙版も販売されているので、興味のある方はぜひ。コミケはアニメや漫画ばかりかと思ったら、意外と鉄道や交通領域もかなりガチな人たちが参戦していて、面白いところです。

バス地図のデザインの変化

地図の話は、このコミュニティなら興味を持ってくださる方も多いと思うので少し触れます。

こうしたバス地図の特徴の一つは、現代の道路地図——日本の道路地図のデザインにかなりインスパイアされた、地図(実際の地形)に近い形で作られていることです。もちろんバスがたくさん走っているところは線が太くなっていたりと、実は誇張もあるのですが、それにしても実際の地形に近い形で路線全体を表現する。

これは意外と最近になってようやく出てきた表現形式だと思っていて、伝統的には——鉄道路線図も含めて——歪んだ、デフォルメされた表現が多かった。

どちらがいいのかという議論は私にはできませんが、もともとは「ネットワークとしてのつながり(トポロジー)だけが表現されていれば十分」という世界に、最近になって地図的な・地形に忠実な表現が入り込んできたというのが、日本のバスマップの状況かなと思っています。

案内デザインの洗練

バスを乗りやすく・理解しやすくするための情報案内はかなり増えてきました。バスマップだけでなく、その前提として——

  • バス停の名前や路線名を分かりやすくする
  • 方向幕(運転席の上にある「どこどこ行き」)を分かりやすくする
  • 路線番号やバス停番号をつける、色分けする

こういったものが利用しやすさのためにデザインされるようになり、方法論がかなり洗練されてきたのが最近の状況です。

ちなみに鳥取のバス乗り場は大学の加藤先生が監修されて作られたものですが、面白いのは、方向別に色分け・番号分けしている中で——鳥取なので砂丘行きのバスがあって、それが39番。こういう遊びを入れつつ案内をしています。

歴史③ スマートフォンが変えたもの(2010年前後〜)

2000年代は、イラストレーターなどで個人でも非常に高度なデザインができるようになった時代で、地図表現がリッチになってきました。そして2010年前後からスマートフォンの時代が来ます。

これで公共交通の使い方が圧倒的に変わりました。事前に家で時刻表なりを調べて、調べたものを元に現地に行くというスタイルから、現地に行きながら手元で情報収集し、あるいは手元の情報に従いながらリアルタイムに判断して行動するというスタイルへ。

そうなるとスマホのナビゲーションや経路検索がリアルタイムのアプリとして非常に意味を持ってきて、バスマップや交通案内のあり方が根本的に変わってくる。

鳥取での実践

私自身が研究の中でバスの案内をやり始めたのが2010年ごろ、鳥取大学に勤めていた頃です。ちょうどiPhone が流行り始め、スマホ利用者が半分を超えたぐらいのタイミングでした。

大学として、鉄道だけでなくバスを交えた案内ができるアプリを作っていて、これをスマホに対応させるのが当時の研究テーマでした。

アプリの中で検索すると案内が出てくる。そして**バスの側にもスマートフォンを積んで、GPS でリアルタイムに今どこを走っているかが分かるようにする。**そうすると利用者側のアプリでも「今どこまで来ているか」が案内として分かる。そんなことを学生と一緒に作っていました。

こういう基礎情報があると、バスのアプリの役割が変わってきます。

これまでは「明日移動するから前日の夜に家でパソコンに向かって調べて、プリントアウトして持っていく」という前段階の計画に対応するのがアプリや乗換案内・駅すぱあとの役割だった。そうではなく、移動にとりかかる前——どこに交通のサービスがあるのかを知る段階から、移動中まで含めてアプリの機能が拡張されていく。

たとえば——

  • 行動パターンの認識:スマホはだいたい常に持ち歩いているので、「週末になるとイオンに行く」といった行動が分かってくる。「土曜の午後に行くことが多いようだ」と分かれば、「何時何分に出ればどこどこに着きますよ」と前もって提案する発信型のナビアプリが作れるのではないか。
  • バス停までの精密な案内:経路が分かっても、それだけでバスに乗れるとは言いがたい。バス停は交差点の四隅のあちらにもこちらにもあったりするので、周辺の写真を入れて「こっちに行ったらいいよ」と示す、正確な位置で案内する。
  • 待ち時間の不安の解消:バス停で待っている間、**どれに乗っていいか分からない、時間を過ぎたけれど遅れているのか分からない。**そこで GPS を活かして「あと何分何秒で着きます」と正確に案内すれば、もう少し安心してバスに乗れるのではないか。
  • 乗車中の不安の解消:乗ったら乗ったで「いつ降りたらいいんだろう」「このバスは本当に正しかったのかな」と不安になる。「そろそろボタンを押してください」と案内する。

バス停を探すときも、待っている時も、乗っている間も、画面に従うだけで安心して乗れるアプリが作れないか、とデザインしていました。

そして逆に、サービス側には**ビッグデータという形で公共交通の利用実態が溜まってくる。**分析すれば「ここに行く人が多い」といったことが分かり、**地域全体の公共交通の利用状況が見えてくる。**そんなビッグデータ分析の仕組みも作っていました。

鳥取にいた3年ほどは、最先端のITと地方ということで、割と好き勝手なことをやっていたなと思っています。

そして「データがない」という壁

この後、東京に移るのですが、そこで分かったのが——同じ研究を続けたくても続けられない。なぜなら公共交通のデータがないから。

そして同じ問題は、別の形で日本全国で起こっていました。私は自分でアプリを作りたかったわけですが、**普通に沖縄に行って観光したい人にとっても、バスの情報がない。**世界遺産になったような場所を Google マップで検索しても「経路が見つかりません」と出てしまう(2019年ごろの状況です)。インバウンドの観光客もたくさん来ている中で、これではまずいだろうと。

なぜそうなっていたのか

公共交通のアプリ——NAVITIME やジョルダンなどが作っているもの——は、基本的に広告収入などを当てにして、アプリを作る会社が自分でコストを負担してデータを整備しています。そうすると地方のバスは絶対的にお客さんが多くないので、なかなかそこまで手が回らない。

それならば、**交通事業者の側が——絶対的な数は少なくても地域にとって必要なものなのだから——自分たちでデータを整備して乗換案内に提供しましょう。**そういう形があるといいな、と思い至ったわけです。

海外ではむしろ当たり前

このやり方は、実は海外ではむしろ当たり前です。ニューヨーク、フランス、ドイツ——交通事業者がデータを作り、Google マップのような大きなところもベンチャー企業も、事業者が無料で提供しているオープンデータを元にアプリを作るというのが世界標準のやり方になっています。

もう一つのポイントが GTFS という形式がデファクトスタンダードとして使われていることです。バス・鉄道の情報を格納するデータフォーマットが世界でだいたい統一されている。

そうすると、ニューヨークのために作ったアプリが沖縄にも持ってこられる。オーストラリアにもアフリカにも持っていける。****データを入れ替えるだけで世界のどこでも使えるので、グローバルを見据えたアプリを作れるようになる。個人のアプリもこれで出るようになりましたし、今 Google マップで検索できるものはほとんどオープンデータを使っています。

交通事業者側もかなり力を入れるようになっていて、2017年にドイツの鉄道会社(ドイチェ・バーン)がやっているハッカソンに行ってきました。ベルリンは世界で3番目ぐらいにスタートアップが盛んな地域だそうで、その地域のスタートアップの人をたくさん集めて「こんなデータを使ってもらう」というイベントを、結構毎月ぐらいやっていたりしました。

日本はなぜそうならなかったか

良くも悪くも、日本は**1990年代ごろには「交通データを鉄道会社から有償でアプリ会社が買い、それでアプリを作る」というエコシステムができていた。**鉄道を中心にはまあまあうまく機能していたのです。

ただ、バスは有償でデータをまとめるような事業者がいないので、誰も取りまとめられず困っていた。

実際、NAVITIME やジョルダンがやっているのは、日本中のバス会社一つひとつに電話をかけて「お宅のデータをいただけませんでしょうか」と営業をかけるということ。片や鉄道は、時刻表を作っている出版社にデータがあるので、そこを経由して買うというシステムができている。

GTFS と「標準的なバス情報フォーマット」

こうした状況に対して、私は2014年からオープンデータの取り組みを始めました。はじめは静岡県のバスのデータを世界標準の GTFS 形式で整備して公開するというところから。

ただ当然、一社だけやっても正直、焼け石に水なんですよね。どうしていいか本当に困ってはいたのですが、**とにかく学会発表をしまくる。**大学でイベントを開いて、JR の方、国土交通省の方、ジョルダン、NAVITIME といった関係者を呼んで「バスをどうしようか」と議論する。そんなことをいろいろやっているうちに、**国土交通省も「この課題は大事なんだ」と気づいてきて、「バス情報の効率的な収集・共有に向けた検討会」が開催された。**私はここの座長を務めました。

実際には、こうした表の委員会をやりつつ、裏では東大に各社のエンジニアに集まってもらって議論しました。結果的に、世界で使われている GTFS を、日本においては国土交通省から「標準的なバス情報フォーマット」という名前で、ほぼ同じものをガイドラインとして出すことができました。いろいろな議論をしたうえで、世界で使われている GTFS を日本のバスのデータフォーマットとして採用することにしたわけです。

5年で500事業者超

今、GTFS(GTFS-JP とも言います)形式のデータが、日本の交通事業者、特にバス会社を中心にかなり広がっています。この時点で500数十——567事業者がデータ公開を行っています。

よく見ると、都営バスや横浜市営バスのような大手・公営もあれば、広島電鉄のような民間もあり、人口数千人の街のコミュニティバスのような非常に小さなところも載っている。****大きなところも小さなところも、民間も公営も、統一的なフォーマットでデータを公開するようになったというのが面白いところです。

しかも非常に急速です。2017年に始まって、100を超えたのが2019年。****本当にこの数年の間に500を超えたのは、ちょっとびっくりするようなスピードです。オープンデータなので、バス会社や市役所のホームページに行けば zip ファイル形式でダウンロードできます。

ほとんどのデータは Google マップに載るようになっていて、地方でもバス検索がかなりできるようになってきたのは、この GTFS オープンデータのおかげだと思います。日本の乗換案内の会社も使うようになりましたし、世界共通フォーマットなので海外のベンチャー企業も使う。さらにデジタルサイネージのような、乗換案内以外の使い方も増えてきています。

トップダウンだけでは進まない

データ公開をどうやったら促せるか。国のような権威あるところがフォーマットを作るだけでは、やはりなかなか進んでいかない。それに対して民間ベース・コミュニティベースの草の根の取り組みも必要だろうということで、市役所の方、乗換案内の会社の方といった仲間たちと、自然発生的に「標準的なバス情報フォーマット広め隊」と名乗りながら、いろいろなバス会社・市役所・県庁を回る活動をしていました。

日本中で講習会・データ作りの講習会をやったり、技術書典でバスデータの使い方の同人誌を書いてみたり。

そして大事だったのが、データを作るためのツールです。

  • Excel に時刻表を打ち込むと GTFS 形式に変換されて出てくるツール——Excel 版も出て、全国の特に自治体でかなり使われています。
  • 「筋屋」——バス会社でダイヤを引くためのアプリ。普通に考えたら数千万円で売られていてもおかしくない業務ソフトを無料で配布していて、これ1つあればバス会社の経営ができてしまうほどいろいろなことができる。ここでダイヤを作ると GTFS 形式で書き出せる。

データが広まると、活用も広がる

データが広まると、今度は活用の方も広がってきます。**このコミュニティの方は直感的に分かると思いますが、データはいろいろな形に応用できる。**乗換案内にも使えるし、分析用途にも、個人的な用途にも使える。

Google マップ、日本の乗換案内、サイネージ、バスロケーションシステム、MaaS——そして市民がデータを使うのも当たり前になってきました。

沖縄や群馬では、地域でデータ分析をしながら、その地域の交通政策や観光振興を考えるという取り組みが行われています。たとえば**地元の観光協会の方がバス路線を見ながら、バスを使った観光について検討する。**GIS 上にデータを取り込んで「これだったらここまで行けるじゃん」と、沖縄の観光にどれだけバスが使えるかを考えたりしています。

東京の都バスがデータを公開したときには、都知事がスタートアップやシビックテックに言及しながらデータ活用を求めるということも起こりました。

事業者にとっての意味の変化

最初は「アプリを作る会社が手を回せないから、それなら交通事業者の方からデータを作りましょう」という、ある意味では消極的な理由でした。ところが、交通事業者にとってもデータを作ることが非常に意味のある、役に立つことだと、だんだん分かってきた。

事業者としても**正確な情報をお客様に届けて、より便利にバスを使ってほしい。**そうすると、アプリを作る会社が作るデータよりも、自分たちのデータそのものがそのままお客さんに届く。****アプリをメディアとして使いこなすというふうに、だんだん意識が変わってくるわけです。

たとえば——

  • お盆の1日だけ走るバスをちゃんとデータとして案内すれば、ちゃんとそれに乗ってもらえる。
  • バス停の位置を、Google マップを一番拡大したときに正確な位置に置く。「何番乗り場はどこにあるんだろう」とだいたい迷うところが、最大限拡大するとドンピシャで分かる。

正確なデータを作ればお客さんも便利ですし、実は事業者にとっても問い合わせの電話が減って手が空くということもあったりします。

佐賀でバスを検索したときにちょっと驚いたのですが、**県庁前でバス停からバス停へ乗り換えろという案内が出た。**バス停間が200mぐらいあって結構歩くのですが、ここまで拡大して正確な位置でバス停が載っていると、どの信号でどう渡ればいいか、どの横断歩道を渡ればいいかというレベルまでデータから読み取れる。結構難しいはずのバスからバスへの乗り換えも、全然不安なくできた。

リアルタイム情報

GTFS-realtime というものがあり、これは GPS のデータだったりするのですが、こういったものを一緒に載せられるようになってきました。

そして**リアルタイム情報とともにメッセージを載せられる。**たとえば「台風なので運休になります」といったメッセージ。東京の一部の鉄道で「今リアルタイムで運転が止まっています」と出てくるのと同じレベルの、かなり迅速な情報発信が、地方のバスでもアプリを通してできるようになっている。

こうした情報発信がちゃんとできるようにバス会社の中の体制も変えていこう、デジタルトランスフォーメーションしていこうという動きが、今バス会社の方にも進んでいます。

利用者だけでなく「地域」がデータを使いこなす

ここまでは利用者にとってどういう案内が可能になるかという話でしたが、実際には利用者だけでなく、地域そのものがデータを使いこなすところまで行かなくてはいけない。

先ほど申し上げたように、公共交通はもともと同じ町の中に複数のバス会社があって競争するという原理で成り立っていました。それが今、それだけではにっちもさっちも立ち行かなくなり、行政が旗を振りながら地域の交通を総合的に考えていきましょう、仮に利益が出なくても地域にとって必要なものであれば税金も含めて支えていきましょうという形に変わってきている。公共交通のあり方そのものが、ちょうど今、転換点にある。

ただ、そうは言っても——どう判断したらいいのか。どういう基準で「支えるべき交通」とそうでない交通を考えればいいのか。どういう基準で競争から協調へ促したらいいのか。それが実は行政がどこに行っても悩んでいることで、制度の方は進んでいるのに、なかなか判断ができないというのが実情です。

運輸行政のデジタル化

そこで、運輸行政をもっとデジタル化して、データを使いこなせるようにならなければいけない。

交通事業者は今も、バス停を新しく作る、時刻表を変えるといったときに国への届け出が必ず必要です。ただ、実際の届け出は紙のファイルで行われています。つまりパラパラッと見て確認が終わった後にはドーンと積まれて、その後参照されることはまずない。

公共交通からアプリを通じて利用者へ情報が届く経路は先ほどの通りですが、**交通戦略を考えるべき自治体に対して情報が行く道は、あまりないわけです。ところがオープンデータであれば、自治体からでもこのデータにアクセスできる。**もう少し使えるのではないか。

まずは**届け出の業務そのものをデジタル化できないか。**すさまじい数の紙が届けられていて、しかもだいたい手書きだったりする。データ以前の話なんですよね。バス会社の仕事は、ほとんどこの紙に埋もれる仕事と言ってしまってもいいほどで、ここを何とかしたい。

交通の実態を可視化する

もしデータを使うことができれば、交通の実態を可視化するのはかなり高度にできます。

運行頻度マップ

都バスのデータを可視化したもので、どの地域に何本の便が走っているか。この辺の30本というのはだいたい30分に1本、100本を超えていると10分・15分に1本ぐらい走っていることになります。1日3本しか走っていないバスがなぜここを走っているのか——僕はいつも気になっているのですが——そういうことも見えてくる。

人口とバス路線は比例しない

もっと小さな街、静岡県掛川市——私の出身地です——でやってみると、人口が多いところとバス路線の多さは、必ずしも比例していない。

「じゃあ、なぜこうなっているんだろう」「歴史的事情があるんじゃないか」と。こういう地図を市役所の方に持っていくと、「実はこれこれこういう事情があって」と教えてくださって、そこから議論が始まるなんてことがあったりします。

事業者別・到達圏

熊本にはバス会社が5社あるので、どこを走っているのがどの会社なのかを直感的に把握する地図が描けます。これを航空写真に入れ替えると、住宅が密集しているところに果たして十分なバス路線があるのかを考えられる。

そこから中心部から10分・20分・30分で行ける範囲を線で引いてみると、公共交通がどれくらい便利なのか、「ここからなら30分で中心部まで行ける」といったサービスレベルが直感的に把握できる。

通える高校の数

札幌で、公共交通で通える高校の数を可視化しました。ある時間の中でたどり着ける高校の数を地域ごとにプロットしてみたところ——ある地域では10校近くを選べるのに、別の地域では一つしか選べない。

どの高校に行くかというのも、ある意味で人生の機会だと思うのですが、**それが住んでいる場所によって変わってしまう。**そんな地域の実情を可視化してみました。

データがあると、利用者が便利になるだけでなく、その地域にとっての交通のあり方そのものを捉えて「じゃあどうしたらいいのか」を考える出発点にもなっていく。

データ基盤づくり

こういうことを促進したくて、今年(2022年)「日本バス情報協会」を立ち上げて、データの作成・活用の促進をやっています。それからGTFS データリポジトリ——公共交通のデータを一括して収集できるプラットフォームを今作ろうとしています。

その一つの機能として、QGIS に GTFS-GO というプラグインがあります。GTFS-GO は、今日紹介したような地図を GTFS データから簡単に作れるプラグインです。GTFS ファイルを自分で探してダウンロードすることもできますが、GTFS データリポジトリを選択すると、今存在するデータの一覧が取れる。****マウスのクリックだけでこういった地図が作れるようになっています。

事例:熊本都市交通リノベーション

最後に、最近私が取り組んでいる研究を紹介させていただきます。

全体としては「行動変容と交通インフラの動的制御によるスマートな都市交通基盤技術の研究開発」という、交通に限らないプロジェクトを東大のチームなどと一緒にやっているのですが、その中で熊本をフィールドとして研究を行っています。

熊本は渋滞がひどいことで全国的にも有名で、政令指定都市の中でも渋滞が激しい。先日の市長選挙でも「渋滞を何とかしたい」がかなり大きな議論になっていました。

そこに対して渋滞を半減しよう。実は渋滞を半分に減らすために車も半分にしなければならないわけではなく、車が1割減るだけで渋滞は半分ぐらいまで減る。そしてその1割の人が公共交通に移れば、公共交通の利用者は2倍になる。

渋滞半減・車1割削減・公共交通2倍

というスローガンを掲げました。公共交通事業者は今よりたくさん乗ってもらえて赤字に苦しまなくて済むようになる。そして車の1割削減というのは、たとえば2週間に1回、通勤を車からバスに切り替えるぐらいでいい。「車に乗るな」ではなく、1割の削減は現実的な目標。それだけで渋滞は結構大きく変わり、体感ではかなり違ってくる。

熊本の下地

ありがたいことに熊本は**すでにデータが非常に揃っています。**先ほどの GTFS、リアルタイムの GPS データ、さらに IC カードのデータなどがかなり揃っている。

そしてもう一つ、バス会社が5社あるのですが、かなり「共同経営」という形で社会課題に一緒に取り組む体制がすでにできている。「ライバルだからあいつの言うことに従いたくない」といったレベルではなく、事業者、そして市や県が連携して何かをやるのが当たり前にできているというのが下地としてあります。

データはオープンデータとして誰でもダウンロードでき、乗換案内や駅のサイネージなど様々なところですでに使われています。最近は熊本の地元のエンジニアが M5Stack でバス案内をするものを作ったり——Twitter で話題になったりもしました。地域の人たちがデータを使い始めているというのが今の状況です。

まずはデータのオープン化を地域全体で広げていく。GTFS だけでなくシェアサイクルのデータなど様々なデータをちゃんとオープンにすることで、どれか一つのサービスに完全に依存するのではなく、どのサービスでも高度な案内ができる土壌を作る。

渋滞をデータで見る

バスの GPS 情報があるので、そこから渋滞の実態が分かります。****どこで何時ぐらいに遅れが生じるのかが結構分かる。

まずすごく消極的にできることは、**「どうせ毎日10分遅れるなら、時刻表を10分遅らせてしまう」。**バスの時刻表を渋滞をちゃんと考慮したものにすることで、**利用者が無駄に待つことがないようにする。**消極的ですが、信頼できるバスにするという意味ですごく大事なやり方です。

ただ、これだけではもちろんダメで、バスそのものがスピードアップして早く着くようにしなければいけない。そのために必要なのがバスレーンです。ただ、こういうものは地域の議論になる。「バスはいいけれど車はどうなんだ」とはどこでも言われることです。

だからこそ、**データがあって、シミュレーションをやってみて「こういうふうに良くなります」「車にとっても実はそんなに悪い話ではありません」「なんならバスを使っていただければ、今まで車で行っていたときよりもよっぽど早く着きますよ」と示していく。**こんなことが地域にとって必要なのかなと思っています。

信号のサイクル

熊本の交通を考えるとき、どうしてもバスのことだけを考えてしまうのですが、実際には交通は自動車も歩行者も含めた総合的な現象なので、いろいろなことを見ていかなくてはいけません。

信号機を見ていくと、赤から青になってまた赤に戻るまでに3分近くかかるものがあって、どう考えても他の地域より長すぎる。東京よりもこのサイクルが長すぎるというのが熊本の実情です。ここをいかに迅速にするかが大事なのですが、これは実は警察の領域なので、なんとかやりたいと今いろいろな方と相談しているところです。

なぜ「1割」なのか

もう少しデータに基づいて見ていきます。

バスの遅延から見る渋滞を、横軸に4月1日からの1年間を取って見ると——**金曜日の夜が特に混む。****しかも年末に行くにつれて、金曜日ごとにどんどん遅れがひどくなる。**そんなサイクルがあることが分かってきます。

今度は車の交通量(1時間に自動車が何台通るか)を数えてみると、確かに夕方にかけてどんどん増えていき、12月のデータでは17時ぐらいに非常に大きなピークがある。

注目してほしいのは12月24日のデータで、10時ぐらいからどんどん交通量が増えて15時ぐらいにかなり増えるのですが、この後に交通量が減ってしまう。

これは**道が空いたという意味ではありません。****交通量はある一定を超えると詰まってしまい、にっちもさっちも動かなくなるので、かえって減る。**つまり——

「空いているから600台しか通らない」のと、「混みすぎてこれ以上通れず、みんなが渋滞で遅くなっているから600台通る」という状況が両方ある。

速度もどんどん落ちるので、この辺でもう飽和してしまっていることが分かります。

Q-V曲線——交通量と平均速度をグラフ化したもの——を見ると、交通量が増えていくと速度がガクッと落ちて、最後はぐるっと反対側に回っていく。

こうしたことがデータから分かる。逆に言えば、1割減らせばかなり交通量が回復するのではないかということも、この実情のデータから分かるわけです。

伸びしろを見つける

これは地元のバス会社さんと一緒にやっているマーケティングで、年間の利用者数を倍にするという目標は、実際にバス事業者の営業目標にちゃんと入っています。

パーソントリップデータというデータがあり、どこからどこへの区間で、バス利用者が何割、鉄道が何割、車が何割かを見ていくと、**「ここはバスにまだまだ伸びしろがある」「ここはもうバスをかなり使っているからこれ以上は増えない」**というのが見えてくる。バスの伸びしろを見つけながら、ここを戦略的に増やしていきましょうと目標を作っていきます。

その中でも特に、ご存じの方も多いかもしれませんが、**TSMC の新しい半導体工場ができます。**どう考えても渋滞してしまうので、郊外にある工場に対して公共交通でしっかり移動できるネットワークを作っていこうと、県や周辺の市町村と合わせた政策を一緒に考えている状況です。

交通の「総量」を配分する

交通政策は、どうしてもバスはバス、鉄道は鉄道の中で考えてしまう。全国的にそういうことが多いのですが、実際にはその地域の移動の総量をいかに配分していくかという発想になるわけです。

道路が多くてそれで十分回っているところもあれば、公共交通にもう少しシフトしていかなければいけない地域もある。そう考えると、全国的に交通の総量を可視化して、それを元に政策を考えようということで、今こういった交通の総量マップのようなものを作って、全国的な分布を見られるようにしています。


ちょっと長くなりましたが——**公共交通のオープンデータが今出てきていて、利用者が便利になる、そして政策につながるということが少しずつ出てきています。**そして熊本などでは、かなり具体的に地域の交通を見直し、より良くしていくためにデータを活かしていくということを今始めているところです。

以上、私の話となりました。どうもありがとうございました。

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