熊田 安伸/2022年のキーワードは「OSINT」 オープンデータとジャーナリズムの新潮流を総括する

Data Visualization Japan Meetup 2022(2022年12月27・28日開催)における、熊田 安伸さん(スローニュース シニアコンテンツプロデューサー)の講演です。OSINT(Open Source Intelligence)がジャーナリズムのトレンドワードとなった2022年を総括し、国内外でどんな手法やデータが使われたのかを余すところなく紹介します。


スライド

自己紹介

もともとNHKの記者です。経済事件が中心で、災害の前線報道などもやってきました。NHKがデジタル化するための「ネットワーク報道部」という新しい部署を設立して、政治マガジンやNHK取材ノートなどをやってきまして、昨年夏にスマートニュースの子会社で調査報道・ノンフィクションに特化したスローニュースというメディアに移籍しました。NHK時代からずっと、いろいろなメディアの会社で「オープンデータをいかに報道に使うか」という講座なども開いています。

本日のお題

  1. OSINT の話(他所でも話しているので聞いたことがある方もいるかもしれません)
  2. 2022年、世界の優れたデータジャーナリズムを一挙紹介
  3. 日本のデータビジュアライズ報道の一挙紹介と考察

最後にちょっとおまけもつけたいと思っています。

OSINT とは ― 実は古い言葉

今年はやはり、OSINT にとって新しい時代が来たなという感触がありました。

OSINT(Open Source Intelligence)は、実は古い言葉です。もともとは CIA のような情報機関が、相手国のことをオープンデータから調べるというものでした。

インテリジェンスは今でもどこでもやっていることで、日本でも例えば国税当局は、芸能人の自宅を紹介するテレビ番組があれば全部録画しておいて、そこに映る家具・車・時計を全部金額で弾いて「こいつの所得から買えるはずがない、脱税しているんじゃないか」と調べたりする。オープンソースから徹底的に物事を調べる、スパイ活動に近いことがインテリジェンスと呼ばれる言葉でした。だから、OSINT という言葉を嫌がるジャーナリストもいます。

謎の調査集団 Bellingcat

最も話題になったのが Bellingcat です。拠点はオランダにあって、世界中の人たちがオンラインでつながって一緒に調べている。すごいことをやっています。

代表作の1つが、今年日本でも上映されたドキュメンタリー映画です。プーチンが恐れた野党指導者を、ロシアが暗殺しようとした――その未遂に終わった事件で、ロシアのエージェントたちがどういう手口で殺そうとしたのかを全部割り出してしまう。それがリアルの映像に収められているので、びっくりする映画です。関心のある方はぜひご覧ください。

彼らの記事は、私のところのスローニュースで独占契約していて、翻訳記事を今は無料で読めるようにしています。ウクライナ侵攻では、ロシアが人道的に非常によろしくないクラスター爆弾を最初に使っているのではないか、といち早く報じて世界中で話題になりました。

Bellingcat の手法 ― GEOINT

彼らが使う主たる手法が GEOINT(Geospatial Intelligence、地理空間情報)です。それを使って、そこで何が起きたのかを明らかにしていく。

先月出た記事が、Bellingcat の手法の教科書のように詰まったものでした。アゼルバイジャン兵がアルメニア人捕虜を不法に処刑してしまっているのではないか、という映像が SNS 上に上がった。それが本物かどうかを検証する記事です。

  1. Google Earth Pro — 映像のごくわずかな地形から場所を推定
  2. Planet Labs — アメリカの衛星映像ベンチャー。軌道上に多数の衛星を打ち上げて情報を提供している。それと重ね合わせて、人為的な動きや火災・戦闘の痕跡を次々に見ていく
  3. PeakVisor — 山頂の画像をもとに「この山頂の形はどの山か」を特定する無料ツール。位置をさらに裏付ける。太陽の軌跡を表示する機能もあるので、「何日の何時何分に違いない」と絞り込める
  4. FIRMS(NASA提供)— ほぼリアルタイムで世界中のどこで火災が起きたかの位置データを提供。赤外線をキャッチするので、火災以外にも火山の噴火、大爆発、戦争でミサイルが落ちているといったことも熱で分かる。アメリカとカナダはリアルタイム、他の地域も3時間ほどでキャッチできる。日本のメディアでも、日経がウクライナ侵攻1週間後に「住宅地に砲撃が撃ち込まれている」ことを熱源で表現する取材に使っていました
  5. Camopedia — 軍事迷彩のデータベース。映り込んでいる兵士の軍服の迷彩模様から、どこの誰かが分かる。この模様はトルコ由来の2種類で、アゼルバイジャン軍の典型的な模様だと分かる

こうして「これはやはり事実なのではないか」と言えるようになっていく。

Bellingcat はビジュアルには力を入れていない

一方で、Bellingcat はかっこいいビジュアルにはそれほど力を入れていません。せいぜい、最近流行りのスクロリーテリングに似たものが少しある程度で、画像が普通に出てくるという感じです。

対照的に、Bellingcat の影響を受けたニューヨーク・タイムズは Visual Investigations というチームを作りました。ここは動画で、ビジュアルにものすごく力を入れています。

それから、これは矢崎さんに教えてもらったのですが、台湾の学生で軍事マニアの方がいて、オープンデータの論文やネットの公開資料をもとに、中国のどこに人民解放軍の基地や施設があるのかを全部 Google マップにマッピングしてオープンデータにしてしまった。中国にとって非常に都合が悪いでしょう、ということを一人の大学生がやってしまった。それくらい OSINT は誰でもできるということですね。

2022年、世界の優れたデータジャーナリズム

ここからは、GIJN(Global Investigative Journalism Network)にも認められたようなものを紹介していきます。データジャーナリズムとして優れているという意味で、ビジュアル化として優れているわけではないものも含まれる点はご了承ください。

シンプルな表現

ウクライナのメディア:オープンソースから、ヨーロッパ全域にロシアを支援する人々がどれくらいいるのかを可視化する報道。国ごと、分野ごと(政治の右派・左派、メディアなど)に切り替えて見られるようになっています。

ProPublica:Web のみでやっている調査報道NPO。原子力規制委員会のオープンデータをもとに、アメリカのウラン工場や関連処理施設の跡地――浄化作業をしても地下水が汚染されている――がどうなっているのかをマッピングして可視化。

スペインのメディア:帝王切開が非常に多く、4人に1人が帝王切開だという。情報公開請求で(当初は開示拒否されたものの粘って)病院ごとのデータを手に入れ、病院によっては必要以上に実施している疑惑を可視化した報道。

スクロリーテリングの好例

ワシントン・ポスト:国勢調査の記録と歴史的資料をもとに、アメリカの議会議員たちが奴隷をどのように所有していたかというデータベースを初めて作成。昔の議会の映像に「このうちこれだけの人たちが奴隷を所有していた」という表現を重ね、南北戦争、修正第13条と時代が進むにつれてグラフが減っていく――でもまだいる、という展開を見せます。

ニューヨーク・タイムズ「ハイチの失われた数十億」:ハイチがフランスから独立する際、条件としてお金を要求された。古い歴史的資料や台帳、銀行取引の資料から明らかにしていく記事です。表現は実にシンプルで、「彼らは現在のドルで5億6000万ドルを支払ったが、もしそれがハイチに残って役立てられていたら210億ドルになっていたはず」といった話を、シンプルな図で示していく。

ガーディアン「イギリスの水の利権を握っているのは誰だ」:イギリスには民間の水道会社が15社ありますが、財務レポートをもとに株主を追跡すると、イギリスの水は世界のいろいろなファンドや億万長者に握られている。国家的にやばいのではないか、という報道です。表現としては、スクロールでぐりぐり動きすぎて酔いそうになるくらいで、これがいい表現なのかどうかは議論があるところだと思いますが、報道としては非常にいいものだと思います。

女性に関するニュースの見出し分析:アメリカ・イギリス・インド・南アフリカの英文メディアで、女性を中心としたニュースの見出しにどんな言葉が使われ、どう変化したかを可視化。「訴える」という言葉はアメリカが最も高い、「黒人」はどの国も高い、イスラム教徒に関する言葉はアメリカで極端に少なく南アフリカではなくなり、インドでは高い……といったことが見えてきます。犯罪・暴力、ジェンダー関連、女性のステレオタイプなど、カテゴリごとにも見られる。最後はメディアごとにスコア化して、バイアス指数として可視化しています。

【余談】アメリカには Media Bias Chart という有名なものがあり、メディアリテラシーの授業で教材として使われています。縦軸が信頼性の高さ、横軸が右派・左派。極端に右・左に寄るところは信頼性も低く、中間的なメディアに信頼性が高いところが多い――山形になるというのが見えてきて面白いです。

3Dマッピングと、原点回帰

ドイツのメディア「住めなくなる地球」:気候変動に関する報告書をもとに、今世紀末までに生活が困難・不可能になる場所を3Dの球体上に可視化。データセットを自分で選ぶと視覚効果が変わります(後で紹介する日経のものと比べると面白いです)。

Vox:アメリカの保守とリベラルの間のワクチン接種格差を、シンプルかつ独創的な方法で説明する動画。原点に返るビジュアルという感じで、これは面白いです。

日本のデータビジュアライズ報道 ― 「発見」のビジュアル

ここからは、日本でも OSINT 以来のデータビジュアライズが非常に厚かった1年、ということで紹介していきます。

まずは発見です。ビジュアルにすると発見がある。報道は何かを発見することが非常に大事で、発見できれば調査報道になりますから、これが一番大事だと思います。

朝日新聞「見えない交差点」:何が素晴らしいかというと、もともと警察庁が公開しているデータをマッピングしただけ、とも言える。でもそうすると、信号機がない小さな交差点での事故が実は多い、名前のない交差点は注目されていない、という発見がある。社会のためになりますし、「自分が住んでいるところは大丈夫かな」と我が事化できる、非常に良いビジュアライズです。

秋田魁新報:同じ警察庁のデータを使って秋田だけのマップを作る。「意味がないじゃん」と思う人がいるかもしれませんが、そんなことはない。秋田ならではの視点で、秋冬の事故が春夏の2倍、日没が早まる時間帯に集中している、といったことが分かる。地元ならではの視点で危なさが見えてくる。同じ記者が、ふるさと納税のデータ(総務省の現況調査)をマッピングして、北海道の端や九州の端、日本海側のベルトに集中していることを見せた例もあります。

朝日新聞:国勢調査のデータを23区の町丁目単位で細かく高齢化率の推移としてマッピング。東京23区内にもかかわらず小さな限界集落のようなものが存在していることが浮かび上がる。

日経新聞:船舶の位置情報(AIS)のオープンデータから独自の指数を作成し、対ロシア制裁が骨抜きになっていることを明らかにした報道。裏ルートで石油が経由して流れていることを明らかにしました。

NHKスペシャル「追跡 謎の中国船」:これは白眉だったと思います。中国の世界規模での海洋戦力を明らかにしたもの。もともと2019年に、私が編集をやっていた媒体で新潟の若い記者とディレクターが書いた記事が元になっていて、その時は MarineTraffic を使っていました。その後何年も取材して、当時は日本海側の動きだけだったものが、世界中の動きを調べたらものすごいことが分かった。ビジュアライズすることで中国の世界戦略がいろいろ見えてくる、素晴らしい発見のあるものでした。

私が今年いちばん好きだった報道

実は私が今年いちばん好きだったのは、NHKの非常に地味な報道です。埋もれかけた踏切事故、A4で2枚の報告書を精査する記事。正直、ビジュアルな記事ではありません。でも状況を絵で説明していて、その絵を見ると「あ、すごいことだ」と分かる。

ネタバレになるので詳しくは見せませんが、読んでもらうと分かります。報道にはストーリーがいかに重要かを強く感じた記事です。正直、私は不覚にも泣いてしまいました。「そういうことが起きているのか、僕らはそういうことに気をつけなきゃいけないんだ」と非常に感動した記事なので、興味のある方はぜひ読んでみてください。

「検証」のビジュアル

発見まではいかないけれど、「こういうことなんじゃないの」という想定を検証してみると見えてくるものがある、という例です。

NHK「インフラ老朽化」報道:全国道路施設点検データベースと情報公開を組み合わせて、全国規模で可視化。予測通りひどい、という話なのですが、若干の発見もあります。例えば新潟がなぜ真っ赤なのか。新潟は農業県で水路が多い。水路を作れば橋を架けなければならず、橋がたくさんあるので補修も多い。しかも豪雪地帯で除雪が必要で、融雪剤には塩が混じっているから橋が錆びる――という独特のつながりがある。(新潟にいた人間はみんな知っている話で、私も平成16年に新潟でデスクをしていた頃からよく知っていました。自転車もすぐ錆びますから。)

朝日新聞「ひったくり」:大阪府警のオープンデータで1万2000件のひったくりを Tableau で可視化。防犯カメラの普及で減ったかな、夕方に多いね、というくらいで発見には至りませんでしたが、頑張ってみたという感じです。

朝日新聞の記者による分析:旧統一教会は参院選で特定議員の得票を本当に増やしたのか。教会の立地と入会前後の得票増加率を統計学的に分析して可視化した報道です。実は朝日の本紙紙面には結論しか載っておらず、記者が個人の note に図表を含めて詳述している。個人の note で説明を補足するというのが、なかなか今風だと思いました。同じ記者は「選挙の夜のはかない予測」として、開票の早い段階で統計モデルから最終得票を予測する試みも定期的に出しています(ワシントン・ポストのモデルを使ったところ、日本では精度が全然違ったそうです)。

今年いちばん笑った、ある意味で本当にいいと思ったもの:ジャーナリストでも何でもない方が、夫の背中を借りて「日焼け止めはどれが本当に効くのか」を実験してみたというもの。日焼け止めを塗って4時間焼いてどうなったか。これこそまさに可視化のジャーナリズムだなと、逆に非常に思いました。

現代ビジネス:可視化も何もない、ただのシンプルなグラフですが内容が面白い。政府が省エネのために提唱する室温28℃は本当にいいのか。実は不快です、と。実際に姫路市役所で25℃の冷房を1か月続けたら、光熱費は7万円増えたが、残業時間が平均2.9時間減ったせいで人件費が40%も減った。冷房をどうするかではなく、実質的なところを見るべきだという、検証として非常に面白い例です。

SNS分析:ある楽曲の主題歌起用が「炎上した」という報道がいくつかのこたつ記事で出た。では本当なのか。こうした炎上には実態がない場合もありますが、追悼……ではなく投稿をクラスター分析すると、実際にクラスターは存在した。ただしごく少数で、それを「批判が殺到」と取り上げてアクセスを稼ぐメディアはどうなのかという問題提起でもありました。

スポーツ紙の調査報道

日刊スポーツ:でかでかと「調査報道」と書いてあって何かと思って見たら、毎年の本塁打数・試合数・投手の防御率を並べただけ。でも並べてみると、防御率が急に高くなったり低くなったり、本塁打が上がったり下がったりするのが、試合数の増減や使っている球の影響だと一目瞭然で分かってくる。

スポーツ報知:大谷翔平がストライクと言われた球のうち、15%は確実にボールではないか、という記事。MLB の公式データサイトからデータを算出してグラフで可視化し、実際に16.3%は大谷が見逃した通りボールだったという分析。記者が R を使った分析方法も記事の下部で詳述しているので、面白いです。

お金のデータの検証は難しい

オープンデータに「行政事業レビューシート」があり、国の予算や事業が一発で見えます。これをもとに、コロナ予算がどう使われたか、何が問題かを可視化しようというのが NHKスペシャルとその特設サイトでした。

ただ、この手のものはなかなか「我が事化」しにくい。「あなたにコロナ予算はいくら使われたのか」という設問に答えていく仕掛けもあるのですが、設問が毎回違ったり、省庁や政策ごとに見るグラフはあっても「グラフを動かしてみる」「自分の視点をシェアする」まで到達した人がどれだけいるのか。ハードルが高いなと思いました。5回シリーズの3回目以降がずっと「公開予定」のままなのも、少し心配しています。

これに使われたのが「ジャジ」というサイトで、実はこのイベントを主催する矢崎さん自身が開発に関わったものです。キーワードを入れるだけでいろいろなことが分かる。ある報道NPOはこれを使って、「復興予算を防衛費に流用するな」という議論が出ていた時期に、実はとっくに1270億円がすでに投入されているという記事を出していました。

「記録」のビジュアル

報道の役割の1つには、歴史的な何かを残すこともあります。

読売新聞:ウクライナの被害を3Dのデジタル地図で可視化。「ロシア軍を食い止めるために破壊された橋」を選ぶと、実際の写真と地図、そして3Dモデルが出てきて、ぐりぐり動かせる。橋には命を落とした人たちの名前が記録されていることまで読み取れる。現場に行って読むことはできないけれど、この表現を使えば読み手が現地の人たちの思いを見て取れるサイトになっています。

これは東大の渡邉先生と一緒にやったもので、渡邉先生と GEOINT の活動をしている青山学院大学の古橋先生が GitHub で GEOINT に使えるデータを公開しています。非常にありがたいので、使いたい方はぜひ。

日経新聞:マリウポリの激戦がどのようなものだったかをスクロリーテリングで見られるようにしたもの。ミャンマーのクーデター1年のタイミングでは、武力紛争データプロジェクトのデータで紛争・衝突をマッピングした上で、過去の衛星画像と比較すると村ごと消失していることが見て取れる報道も。

日経新聞「3Dで学ぶ宇宙」:地球を覆う小型衛星3万機。ロケットのサイズが小さくなり、エンジン性能も上がって、クレジットカード大のもので撮影できたりする。1965年からだんだん衛星が増えて、今や軌道上に9060機。将来のスペースデブリは大変ですね、という記事です。

朝日新聞「アーバンベア 動くクママップ」:クマの出没場所を年代ごとに見えるようにしたもの。黄色が人口メッシュで、クマの色が重なっていく。凶暴なクマのはずですが、なんとなく可愛く見えてしまう。すぐ役に立つわけではないかもしれませんが、非常に面白い表現です。

NHKアナウンサーの note「ヘビーメタルの歴史」:ヘビーメタルの歴史を超概略で可視化したもの。昨日、三中先生が系統樹の話をされていましたが、そのおしゃれ版なのかなと。ファンに刺さってバズりました。「ブラックメタルはこういう流れなのか」と分かります。(分類と系統の話は、時間があれば――実はあれをちゃんとやると大スクープにつながる話をしたいのですが。)

ヤクザ取材のライターによる図:沖縄のヤクザの抗争と組織の歴史を、Twitter に上げるためだけに3時間もかけて手書きで書いた、というもの。「俺は一体何をやっているのか」とご本人が書いていて非常に面白い。私も1990年代のこのあたりの抗争を取材したので、これがいかに素晴らしいビジュアルか、よく分かります。

災害のビジュアル

日経の若いエンジニアによる「都市と気候危機」:複数の都市で爆弾低気圧がどんな影響を与えるかを、スクロリーテリングで見せる。見た目もかっこよく、分かりやすく、面白い。

日経「東京圏の海面上昇」:温暖化で海面が上がるとどうなるか。縦軸が人口の多さで、1m・3m・7m と見せていく。江東区はこんなひどいことになってしまう、と。世界の各都市で水面が上昇するとどれくらい影響が出るかも見られる。先ほどのドイツのものより、こちらの方がかっこいいかもしれないと実は思いました。

NHK「急増 津波浸水域の高齢者数」:国土交通省の津波浸水想定と、高齢者住宅など福祉施設のデータベースを重ね合わせたもの。「うちのおばあちゃんがいるところは大丈夫か」と我が事化できる、非常に役に立つ報道です。

秋田魁新報:過去の浸水データを検索し、秋田ではどうなのかを分析。地方で QGIS を普通の記者が普段使いできるという動きが、だんだん広まってきています。鹿児島でも、使ったことがなかった若い記者が「最大規模の雨が降ると避難所が危ない」という報道をしていました。

画期的だった報道 ― 人の流れから被災地を見つける

災害時のマッピングは非常に大事です。西日本豪雨のとき、広島では少し前に安佐北区の土砂災害があったので、みんな北の方に注目してしまった。ところが救助要請がある場所をマッピングしていくと、全然違う南側――呉市に近い方が実は危ないと見えてきて、実際にそちらで死者がたくさん出た。

災害の初期には、地震も大雨も「どこがやばいか」が分からない。マッピングは大事なのに、行政もそのためのデータを十分には提供できていないのが実態です。

そんな中、NHKがつい最近こんな報道をしました。Yahoo! から提供された、個人識別できないよう処理・集計された携帯の位置情報ビッグデータをもとに機械学習し、平常時の人の流れと比べて異常値になっているところを検出する。すると「ここが危ない場所だ」「渋滞が起きている」と分かってくる。さらにその周辺で検索されたワード(「通行止め」など)を見ると、何が起きているかが見えてくる。これは災害報道が変わります。

実際、指定避難所は使えなくなってしまうことがあります。中越地震のとき、新潟の人たちはビニールハウスを自分たちで勝手に避難所にしてしまった。これは指定避難所ではないので行政の記録には出てこない――でも、そここそ取材すべきポイントなんです。熊本地震では、Yahoo! 研究所の研究で、指定避難所ではなかった大規模施設に人々が集まっていることを検知できると分かった。それが面白いと思ってアプローチして始まった話です。避難所の実態や被災者の実数の解明にもつながるので、今後期待されるものだと思います。

データベースとサービス・ジャーナリズム

今年は使えるデータベースがいろいろ生まれたので、一気に紹介します。

  • NHK 全国ハザードマップ(国交省の重ねるハザードマップが使いにくいので、ついに作ってしまった)
  • 秋田魁新報の記者による秋田の災害リスクマップ
  • 中日新聞の記者による津波危険度マップ(QGIS を使ったことがなかった記者が作った)
  • スマートニュース メディア研究所 国会議案データベース(どんな議案が提案され、誰がどう賛成・反対しているかが全部分かる。GitHub 公開)
  • みんなで調べよう交付金の使い道(内閣府のポータルサイトから、地方創生の交付金がどこにどう出ているかを調べられる)
  • 主要商品の価格推移(値上げの状況をビジュアル化して入手できる)
  • 国立国会図書館 NDL Ngram Viewer(電子化された蔵書からキーワードを検索し、「モダンガール」という言葉が何年頃から本に出始めたのかといった分析ができる。非常に面白い)
  • 九州大学 3Dデジタル生物標本(誰でも使える、素晴らしいデータ)
  • 日本動画協会 アニメ大全(日本の全アニメの情報を網羅)
  • 喋る選挙ポスター(NHKの記者のアイデア。選挙ポスターにスマホをかざすと候補者の動画や詳しい情報が出てくる。素晴らしいアイデア)

【ひとこと】正直、ワードクラウドはそろそろ飽きました。どのメディアも必ず党首演説で「どの言葉がどういう頻度で出た」とやりますが、だから何なのか。ちゃんとした分析につながっているか。「福島と言ったけれど、この人は原発再稼働に舵を切ったじゃないか」――逆に今こそ、そういう膨らませ方で使うべきではないかと思ったりします。

課題は持続可能性

オープンガバメント・パートナーシップ:世界が共通フォーマットでオープンデータ化しようという取り組みが2011年から始まったのに、日本はいまだに不参加です。

データカタログサイト:各省庁を横断するデータカタログサイトを作ったものの、機能を果たしていませんでした。ついに今年デジタル庁に移管され、担当者に話を聞くと「今度こそ使えるようにする」とのことなので期待しましょう。

オープンデータは諸刃の剣:例えば破産者マップ。破産者のデータはオープンデータで、官報から取れるので非常に問題になりました。一方でジャーナリズムにとっては重要で、安倍元首相銃撃事件のとき、容疑者の母親が本当に破産したのかもこれで検証できました。

Flightradar24 も、船と同様に飛行機の情報が取れますが、そのせいでイーロン・マスクがプライベートジェットの追跡アカウントを凍結する引き金にもなりました。民主的な社会のためのオープンデータが、個人や組織の利害と衝突する局面は必ず生まれる。これをどうするかという課題は大事です。

メディアの持続可能性:Bellingcat にヒントがあります。

  1. 対象とするソースをどんどん広げている
  2. 手法がこれまでと違う
  3. 調査に参加する人間が、ジャーナリストだけでなく一般の人や外部の専門家ともつながっている ← これこそが持続可能性を広げる
  4. テクニックを使えるようにする人材育成やコラボもやっている(毎日新聞やNHKにも「弟子」がどんどんできました)

壁になっているのは、秋田魁新報の記者が一面で書いたような「使えない形式のデータ」や「年度ごとに変わる書式」です。大きな障害なので、みんなで声をあげましょう。

おまけ ― 分類と系統が大スクープにつながった話

(時間に余裕ができたので、続きのおまけをお話しします。)

昨日の三中先生の「分類思考と系統樹思考の相互関係」の話に痛く感銘を受けました。「そうだよね」と思ったのは、実際にこれをやったことで大スクープにつながった話があるからです。

災害報道の講座でよく出す例ですが、大川小学校の件です。東日本大震災最大の悲劇の1つと言われ、74人もの子どもたちが津波の犠牲になった。なぜそんなことになったのか。校庭にみんないて、逃げるための行動になかなか移せなかった。

その時に各社が一面で報じたのは、大川小学校の避難マニュアルです。避難場所として「近隣の空き地・公園」と書いてあった。ところが、それに値するようなものは大川小学校の周辺には実は存在しない。だから逃げようがなかったのではないか――ここまでは各社が報じました。

ところが、なぜそうなっていたのかまで追求しないと本当の原因は分からないのではないか。当時仙台にいた記者が何をやったかというと、石巻市中(最終的には宮城県中)の学校の避難マニュアルを全部集めたんです。

集めて読み込むと、津波で17校も被災していた。大川小学校だけが被災したわけではない。そのうち8校は、そもそも津波の想定をしていなかった。大川小のマニュアルも、見ると「地震発生時」にはなっているけれど、津波被害を想定していない。海側なのに、過去に三陸津波があったのに――そういう不思議なマニュアルが存在していた。

さらに全部を分析すると、なぜか内容がそっくりなものがあり、分類してみると大まかに4種類に分けられることが判明した。ではなぜこの4種類になったのか。今度は系統立てて調べていく。

小学校には防災に詳しい先生など滅多にいない。だから、比較的防災に詳しいある先生が作ったマニュアルを、隣の学校の先生が「それコピーさせて」と借りて少しいじる。それをまた別の学校の先生が「コピーさせて」と……という系統が4系列あった

その系統をたどっていくと、浮かび上がったのが10年前に石巻市が各学校に配っていた参考資料でした。この参考資料と実際のマニュアルを比べると――残念なことに、この参考資料を作った先生が内陸部の方だったので、津波のことを想定していなかった。そのいびつなマニュアルが4種類に発展していった

途中で「これは危ないんじゃないか」と思った先生がいて、津波のことを書き加えたマニュアルも確かにありました。4系統のうち2系統では、津波の記述が最後まで到達していた。一方で、ひどいものはそのままコピーされて残っていた。

大川小の悲劇は人災だったと私たちは結論づけて報道しました。裁判の判決が出る前でしたが、実際に裁判でも人災だったと認められました。

やはり分類と系統は大事だという話です。ビジュアルはあまりうまくできていませんけれど。


三中先生:今の最後のマニュアルの系図は、もうかなり確実ですね。「祖先マニュアル」があって、学校ごとにコピーして多少の変更を加えながら伝わっていった。そして一番最初の「始原マニュアル」には津波に関する記述が一切なかった。それがどこかの「子孫マニュアル」で「津波はやはり必要だよね」というものが生まれたけれど、そちらの系統は(大川小には)伝わらなかった。非常に面白い話です、ありがとうございました。

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