Data Visualization Japan Meetup 2025「データ可視化本 著者が語る」(2025年12月29日オンライン開催)における、荻原 和樹さんの講演です。一般向けの新書『データ思考入門』(講談社現代新書)で目指した「データを伝えるための基本原則」について、報道の現場で培った制作経験をもとにお話しいただきました。
皆さん聞こえておりますでしょうか。荻原 和樹と申します。本日はこうしたイベントに登壇させていただき、本当に光栄に思っております。私の持ち時間は少し短めで、矢崎さんとの質疑の時間も取りつつ、30分ほどお話しさせていただきます。「著者が語るデータ可視化」というトピックですので、私からは、2023年に出した『データ思考入門』という本で目指した「データを伝える基本原則」というタイトルでお話しします。どうぞよろしくお願いいたします。
自己紹介
改めまして、荻原と申します。今は自分の会社の代表をしています。
もともとは東洋経済という出版社で、東洋経済オンラインや週刊東洋経済といったメディアに向けて、データ・ビジュアライゼーションを活用した報道コンテンツの開発やデザインをしていました。3Dのインタラクティブなマップや、1枚もののインフォグラフィックなど、企画を立て、記事を開発・デザインし、執筆までを自分で行うというスタイルです。
その後、スマートニュースのメディア研究所という社内シンクタンクのような部署に移り、GitHub でのオープンソース・プロジェクトや、オープンデータ、データジャーナリズムに役立つデータの公開などに携わりました。次に Google のニュースイニシアティブという組織で、報道機関や大学に向けて、データの活用方法・可視化の方法といったデジタルスキルを中心にしたトレーニングやワークショップを行っていました。そして今年に入って独立し、現在はメディア向けの可視化ツールの開発や、学校向けのデジタル教材の開発などをしています。
著書としては『データ思考入門』などの単著のほか、『伝わるデータビジュアル術』『データ・ジャーナリズム』といった共著があります。これまで作ってきた作品としては、新型コロナのダッシュボードが一番目にされた方が多いかもしれません。ほかにも、3Dの地球儀、グラフがアニメーションで動くインタラクティブなグラフィック、3Dに配置した人口ピラミッド、図書館の蔵書データをインタラクティブな地図とグラフで表したものなど、いろいろなものを作ってきました。
『データ思考入門』を書いたきっかけ ― 10年後も役立つ考え方
今回お話しするのは、講談社現代新書から2023年に発売した『データ思考入門』という本です。「数字や統計に強くなる」というキャッチコピーの通り、一般向けに、データを可視化する際の基本的なものの見方・考え方を解説したものです。
出版のきっかけは、「データ可視化について10年後も役立つ考え方」を伝えたい、というところにありました。スマートニュースや Google で報道機関・大学向けのレクチャーをしていると、「どうやってデータ可視化の勉強を始めればいいですか」という質問を本当によく受けたんです。相手は新聞社・テレビ局・出版社・Webメディアの記者や編集者が中心でしたが、「データビジュアライゼーションは面白そうだから始めたいけれど、何から手をつければいいか分からない」「新型コロナのダッシュボードは話題になったが、ほかのものをどう作ればいいか分からない」と。入門的な教材は、海外の大学のオンライン講座などはあっても敷居が高い。そういう声が出発点でした。
その場でも私なりに答えてはいたのですが、それなら、基本的な考え方を体系立てて一冊にまとめればいいのではないか、と考えたわけです。ですので、文系の初学者に向けた内容になっています。おそらく今日登壇している方の中で、私が一番の文系だと思います。だからこそ、今回は唯一「縦書き」の本にしました(これは後ほど改めて触れます)。
一方で、報道機関やメディアの現場では、使っているツールは Python、各種ライブラリ、Tableau、Excel などさまざまです。言語一つとっても、JavaScript なら D3.js を使う人もいれば、フレームワークが React か Vue かも人によって違う。メンバー構成も、私のように企画から開発・デザイン・執筆まで一人でやるタイプもいれば、記者がエンジニアやデザイナーとチームを組む場合もある。ビジネスでも、自分で Tableau を触る人もいれば、社内のエンジニア・デザイナーと調整して本格的なダッシュボードを作る場合もあります。
ツールもフレームワークもメンバー構成もそれぞれ違う。けれど、その根っこには必ず共通する「基本の考え方」があるはずです。今回の狙いは、具体的なツールの使い方そのものよりも、10年後も役立つ基本的な考え方・基礎教養をカバーすることでした。理想的には、何らかのツールの使い方を解説した本と、この本を組み合わせて読んでもらえたら、というイメージで書いています。
本書の特徴① 報道などの事例を豊富に紹介
ここからは本書の特徴をいくつか紹介します。
1つ目は、報道などの事例を豊富に紹介している点です。本書の中心は初学者向けの基本原則・考え方――データの読み方、探し方、表現手法(どんな可視化手法を選ぶか)、色などのデザイン――にありますが、原理原則や概念だけだと抽象的でとっつきにくい。そこで、事例を数多く盛り込み、具体例で腹落ちするようにしました。
たとえば、ウォール・ストリート・ジャーナルが2015年(ちょうど10年以上前)に発表した “Battling Infectious Diseases in the 20th Century” というインフォグラフィックがあります。縦軸にアメリカの50州を取り、それぞれの人口あたりの感染者数(はしか)をヒートマップで表したもので、ワクチンが導入される前後で全米のはしかの感染者数が劇的に変わったことが一目で分かります。こうしたデータジャーナリズム――データを使った報道――の事例、とくに海外の事例を多く紹介しています。報道機関が発表したもの、私自身が東洋経済オンラインや個人で作ってきたもの、今回のために書き下ろしたものなどを含め、76点ほどの図表を掲載しています。
データを「伝える」ことにフォーカスした本なので、たとえば「データ可視化の3段階」といった整理もしています。自分のためのデータ可視化(仮説検証用)、組織のためのデータ可視化(社内向けのレポートやダッシュボード。ビジネスの多くはここに当たります)、そして社会のためのデータ可視化(報道やアート)です。この「社会のためのデータ可視化」というフィールドは、組織のためのものとは少し違うポイントが必要になるのではないか、という話を書いています。
本書の特徴② 実際の制作経験に基づく内容
2つ目の特徴は、実際の制作経験に基づいている点です。東洋経済オンラインやスマートニュースでいくつか作品を発表してきましたが、その経験から得た「広い社会にデータを伝えるためのコツや注意点」を紹介しています。
たとえば、東洋経済オンラインで作成した「日本の夏が徐々に暑く・長くなっている」というインフォグラフィック。100年以上前からの気象庁のデータをプロットすると、夏の気温が現在に近づくほど暑くなり、しかも残暑が厳しくなっていることが分かる、というものです(ヒートマップと呼ばれる手法で作っています)。こうした制作事例について、どんなことを思って作ったのか、どんなきっかけで作り始めたのか、試行錯誤やプロトタイプをどう重ねてきたのか、といったことを書いています。実際に作ってみて痛い目を見た経験もたくさんあるので、それも書いています。
本書の特徴③ データの「編集」過程を手厚く解説
3つ目の特徴は、データの編集過程を手厚く解説していることです。
「データの可視化 = グラフの飾り付け」ではない。可視化という行為は、グラフを飾り付けたり派手にしたりすることだけではなく、その前のステップこそが非常に重要だ――このミートアップに参加している方なら頷いていただけると思います。
具体的には、まずデータを取捨選択すること。とくに行政が公開している統計データは、同じように見えても定義や集計範囲が微妙に異なり、たくさんのバリエーションがあります。100個あるデータを100個すべて出すのは簡単ですが、受け手にとっては非常に分かりづらい。そこで、最も重要と思われるデータ、社会的に必要とされているデータをいかに取捨選択するかが大事になります。
さらに、重み付けや補完も必要です。どれが重要なデータなのかを人間が目で見て強調したり、単独のデータでは誤解を招きそうなら移動平均を添えたり、値を補完して補助線を引いたりする。当然、そこには「伝えたいメッセージ(タイトル)を定義すること」や「可視化手法の選定」も含まれます。地図がよいのか、グラフがよいのか、ヒートマップがよいのか――データなら何でも地図にすればいいというものではありません。本書では、こうした一連の作業を「データの編集」と呼んでいます。
エンジニアであれデザイナーであれ記者であれ、どんなメンバーにも共通する考え方として、この編集過程を全員で共有できていないと話がうまく伝わらない。だからこそ、ここは特徴として手厚く解説しています。
データを読む罠 ― 喫煙率と肺がん死亡率
本書ではデータを読む際の罠も紹介しています。たとえば「日本人男性の喫煙率と肺がんの粗死亡率」。粗死亡率とは、単純な人口10万人あたりの死亡率です。
グラフを見ると、男性の喫煙率は1958年から2018年にかけてだんだん下がっています。1960年代には80〜90%近くあった喫煙率が、2018年には30%を切っている。ところが一方で、肺がんの粗死亡率はどんどん上がっている。では、喫煙率が下がるほど肺がんの死亡率は上がるのか――常識的にそんなわけはありませんよね。喫煙率が下がれば、タイムラグはあれど、肺がんによる死亡は減るだろうと直感的には考えられる。でもグラフ上では減っていない。
なぜか。答えは年齢調整にあります。先ほどのにゃんこそばさんの話にもあったように、人口統計は生物学的な年齢構成を踏まえて考える必要があります。がんは高齢になるほど罹る確率が高まる。つまり社会が高齢化するほど、がんになる人は相対的に増えたように見える。この期間に日本人の平均寿命はどんどん伸び、高齢化が進んだため、単純な粗死亡率は増えたように見えていたのです。ちゃんと年齢調整をすると、タイムラグはあれど、肺がんの年齢調整死亡率は減っている。こうした罠を解説しています。
本書の特徴④ 不完全なデータの可視化
4つ目の特徴は「不完全なデータの可視化」です。類書にはあまりなさそうな内容として入れてみました。
データは常に完璧であるとは限りません。とくに報道のように社会的な注目度が高いデータを可視化しようとすると、生データに近いものほど、一部が欠落していたり、集計基準が変更されていたり、データが古かったり、ラベルにズレがあったりします。ラベルのズレとは、たとえば「完全失業率」というデータのラベルから想像される「失業」の一般的なイメージと、統計上の定義とが少し違う、といったことです。行政系の統計データにはよくあります。こうしたデータを何も考えずにそのまま可視化すると、誤解を招くことがあります。
たとえば新型コロナのダッシュボードで、日本に上陸してから3か月ほど経った5月時点までに、厚生労働省はすでに2回ほど集計基準を変更していました。基準が変わったので、グラフ上ではある時点から急に感染者数が増えたように見える。それをそのまま可視化すると、なぜか感染者数が急増したと受け取られかねません。予測値や速報値も同様に注意が必要です。
こうしたデータは注記を添えるのが基本ですが、注記だけだと、社会的に重要なデータほどグラフだけを切り取られて拡散されてしまう恐れがあります。だからこそ、なるべくデザインに落とし込んで、デザインで注意喚起を実現しようという話をしています。
このほか、「グラフの父」と呼ばれるウィリアム・プレイフェアと、その著書『商業および政治のアトラス』の紹介や、個人情報とデータの関係も取り上げています。数年前に、官報から破産者のデータをスクレイピングして誰でも見られる地図に落とし込んだ「破産者マップ」という、はた迷惑な事例がありました。データは何でも可視化すれば便利、何でもオープンにすれば便利、というわけではなく、プライベートな情報や個人情報に関わるものは、あえて少し不便にしておく方が社会的には良い場合もある。これは、社会的に広くデータを伝えるうえでの弊害の例だと思います。
少し変わったところでは、「御料理献立競」という高級料理店の番付も取り上げました。日本人はランキングが好きで、いろいろなメディアで毎日のようにランキングが公開されていますが、ランキング自体は1800年代から存在していた、という話です。当時人気を誇った高級料理が番付形式で紹介されている。昔から日本人はランキングが好きだったんですよ、というわけです。
縦書きという選択
先ほど触れたように、この本はデータ可視化の本には珍しく縦書きを選びました。講談社現代新書は縦書きでも横書きでもよいと言われたのですが、迷った末に縦書きにしました。
理由は、新書という形態であれば、当初の狙い通り、文系の初学者に多く手に取ってもらえるだろうと考えたからです。そうした人たちには、新聞や雑誌と同じ縦書きの方が馴染みがあるはずです。もちろん私自身はずっと横書きで文章を書いていますし、横書きの方が便利であることは確かです。それでもあえて縦書きにすることで、縦書きが好きな人にもデータとの付き合い方が届けばいいな、と考えました。
ちなみに縦書きのデータ本はほとんどありません。今日ご一緒する登壇者の皆さんの本や、Kindle で持っているシャーリー・ウーさんの Data Sketches なども横書きです。縦書きだと、松本健太郎さんがデータ関連の著作を出しているくらいでしょうか。ほかに、データ可視化の歴史書のような本もあります。ウィリアム・プレイフェアの事例に始まり、1800年代の事例から現代のコンピューターグラフィックスまで、データ可視化がどう発展してきたかを扱った面白いものです。
一冊を書き上げるまで
書籍1冊分――新書だと図表にもよりますが10万字ほどが目安です。これを書き上げるのが私にとって一番のハードルでした。
経緯としては、当時スマートニュースの子会社だったスローニュースというメディアで、「データを伝える技術」という連載をしていました。1回あたり5000字程度が目安だったので、毎回ざっくりテーマを決めて――たとえば第1回は「データを読む」――構成は考えず、自分が一番面白いと思うトピックから書き始め、5000字書いたら止めて原稿として出す。これを繰り返して、まず1冊分(10万字)の原稿を書き溜めていきました。
次に、かなりアナログな方法ですが、各トピック(1500〜2000字ほど、ブログ1本分くらい)に分けて全部ハサミで切り出し、一覧にして、川喜田二郎さんのKJ法のようにテーマごとに並べ替えました。40〜50枚ほどになったこの束を、関連するもので分類していく。当然、並べ替えると「前回ご紹介したこの事例ですが」といった書き出しを全部書き直すはめになり、とても大変だったのを覚えています。
こうしてゲラが出来上がりました。余談ですが、講談社の校閲はさすがに優秀です。ウィリアム・プレイフェアについて「1823年に64歳で亡くなった」と書いたところ、校閲の方が生年月日から計算して、「この年はまだ誕生日が来ていないので、63歳ではないですか」と鉛筆で指摘してくれていました。きちんと調べてくれていて、商業出版のありがたい部分だなと思います。
反響
反響としては、主にビジネス書として受け止めてもらえたようで、丸善・丸の内本店などにも並べてもらいました。先ほど「一番の文系」と申し上げた通り、取り上げてくれたのも週刊東洋経済や文化通信といったメディア系の週刊誌・雑誌が多く、書評もいくつか書いていただきました。週刊ダイヤモンドに載せてもらったりと、文系・ビジネス系の反響が多かったです。
面白いところでは、福井大学教育学部の入試問題に採用されました。入試問題への採用は、漏洩を防ぐため事前にも事後にも著者へ一切連絡が来ません。参考書の出版社が過去問として掲載する際、転載の許可を取る段になって初めて連絡が来る、という流れになっています。
心に残った反響としては、読者からのお手紙が一番印象に残っています。かなり高齢の、おそらくリタイアされた年齢のご夫婦から、出版社経由で直筆のお手紙をいただきました。達筆で、「数字は馴染みがなかったが興味深かった」という内容でした。これはとても良かったです。縦書きに馴染みがある人、必ずしもプログラムや Tableau、Power BI をバリバリ使えるわけではない人――新型コロナをはじめさまざまな経験を経て、データが好きでも得意でもない人に届けることには、それはそれで意味があると強く感じていたので、それまで届いていなかった人に届いたという点で本当に良かったと思っています。
もちろん専門的で高度な内容を目指すのも意義のあることです。ただ私としては、これまでデータ可視化を考えてこなかった人、グラフは難しいと思っている人にも届く、というのが書籍の良いところだと思っています。
今後書きたいこと
生成AIやツールの発達によって、データ・ビジュアライゼーションの制作は簡単になりました。ですがそのコインの裏として、偏ったデータや悪意のあるデータ可視化も増えたと思います。新型コロナ下では、外国籍の人々があたかも感染を持ち込んでいるかのように見せる、本当に悪意のあるグラフもたくさん見てきました。今も政治関連などで、自分たちは客観的だという体を取りながらヘイトに使われるような事例がたくさんあります。ツールの発達によって、良くも悪くも、とても綺麗なグラフが簡単に作れるようになってしまった影響は大きいと思います。
だからこそ、簡単に作れるようになった今こそ、データそのものや、その背景・制作意図を正確に読み解くデータリテラシーが必要なのだと思います。そういう大学生向け・社会人1年生向けの書籍も作れたら、と考えています。
というわけで、30分ちょっとになりました。ご清聴ありがとうございました。