久本 空海/「スクローリーテリング」から考えるジューシーなデータ可視化
スクロールで語る記事はなぜ効くのか——国内外の事例と実装手段を辿ったうえで、「読者はスクロールしかしたくない」というニューヨークタイムズの結論に向き合います。そこから「ジュース」と呼ばれる手触りの話、そしてコンピュータという表現媒体の可能性まで。
スクロールで語る記事はなぜ効くのか——国内外の事例と実装手段を辿ったうえで、「読者はスクロールしかしたくない」というニューヨークタイムズの結論に向き合います。そこから「ジュース」と呼ばれる手触りの話、そしてコンピュータという表現媒体の可能性まで。
データ可視化の役割は「探索と説明」だけでしょうか。NHKのコロナ3次元系統樹などを手がけたデザイナーが、博士研究から導いた「専門家とデザイナーの協働プロセス」を語ります。問いを事前に決めず可視化を反復することで、複雑なものを複雑なまま捉える創造的なビジュアライズが生まれます。
データビジュアライゼーションは「まなざし」という見えない権力を持つ――集合視、比較と分断、属性付与、ノイズ除去など7つのまなざしを整理し、「主婦」という取りこぼされる存在を手がかりに、無用なデータから見返す方法論を探る修士研究の発表です。
イリノイ工科大学 Institute of Design への社会人留学で出会った「人間らしさを表現するデータビジュアライゼーション」。Dear Data やデータ・ヒューマニズムの実践から、祖母との思い出を京都の桜の開花データで可視化した個人プロジェクトまでを語ります。
ロンドン芸術大学の修士課程でデータビジュアライゼーションを学んだデザイナーが、『データフェミニズム』に基づくデータリテラシー、Tufte と Lupi の対比から見るデザインの文脈、そして自身の作品制作プロセスを紹介します。
「詐欺グラフ」と呼ばれるものを、チャートを構成するレイヤー——データの記号づけと描画空間——に分解して整理します。作り手の悪意だけでなく、面積計算の取り違え、凡例の破綻、階級分けの裁量まで、罠の在りかを一つずつ。
フローレンス・ナイチンゲールは自分の図表を「殺人に対する神の復讐」と呼びました。1829年のゲリーからウィリアム・ファー、そしてクリミア戦争後の衛生改革キャンペーンへ——有名な鶏頭図がいつ・どこで・誰の手によって作られ、どこに刊行されたのかを原資料から辿り直します。
言語も地図も可視化も「思考のための道具」ではないか——自然言語処理から地図の会社へ移った発表者が、その共通点を辿ります。趣味で作った地図が縁で転職に至るまでの、コミュニティに支えられた経緯も。
検索結果3万件のリストを、私たちは結局上の方しか見ません。隣り合った結果が似ているかも分からない——その視点の漏れと知識発見の機会損失を、全件を一枚に配置する「俯瞰可視化」で埋められないかという提案です。
紙の時刻表から市民が手作りするバスマップ、そして世界標準フォーマットGTFSによるオープンデータへ——日本のバス情報は数年で500事業者超が公開する状況まで来ました。利用者の利便性だけでなく、地域の交通政策そのものをデータで組み立て直す試みまでを俯瞰します。